能舞台解説 


 ・・・かつての芸能は、神社の拝殿や芝生の上(芝居の原点)などで演じられていましたが、室町時代に能楽が確立し、 室町末期には「能舞台」としての形式を確立させていたようです。

 まず一番に解説すべきは背景に描かれた「老松」です。この「老松」が「芸能」における「精神」を育てているからです。 奈良春日大社の一ノ鳥居の内、南側の壇上に「影向ノ松」と云う御神木があり、この松に大明神が降り立たれて芸能をご覧になられた…萬歳楽を舞われた… と云う故事から、その松を舞台背景に映し、「鏡板」として舞台全体を神域としています。





 さて、この「能舞台」…昔は「舞躰」(舞體・舞体)と書かれていたようです。舞台として主要に使われるのは、4本の柱に囲まれた1辺6メートル(三間四方) の正方形の空間部分となりますが、この4隅にある、屋根を支える大きな柱、前方の2本が手、後方の2本は足、屋根の張りが肋骨、と云う具合に、人間の身体を 型取っています。また、舞台床下には反響を考え、「瓶」が9つ様々な角度に配置してあり、人間の9つの穴(目鼻口耳…)を意味し、幕は心臓の弁を型取ります。 幕が開き、楽屋と舞台を繋ぐ橋「橋掛り」を通って、体に流れ込む演者は、まさに血液を意味し、舞台全体が、生きる体となるのです。



 もともとの「能舞台」は、本願寺(京都)、厳島神社(広島)、中尊寺・白山神社(岩手)などの能舞台にもみられるように、屋外に建造されていました。 現在では、「能楽堂」と呼ばれる劇場形態となり、「能舞台」を、そのまま「堂(建物)」の中に納めた形となっていますが、屋外で育った「芸能」なので、 照明なども屋外に習った調整となっています。

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